ひとの中を生きる 出会いながら、はたらく
杉山清人さん(サントアン製造部門 パティシエ)
取材・文章|西 尚美
杉山さんが話し始めると、周囲が賑やぐ。お話の中に何人もの人が登場し、その息遣いでいっぱいに。人の中を生きていく人。そんな印象を抱いた。インタビューが始まると同時に、杉山さんは厨房スタッフが急遽早退することを同席していた社長に伝えた。自分のことを話す時間にまず、一緒に働くスタッフの報告から始まるのが、杉山さんらしい。
杉山清人さんは、サントアンで働き始めて27年目。高校受験の時「食品加工科だったら推薦してあげる」と言われ、学校行事でケーキを作った時のすごい好きだ、という感覚から進学。高校で調理を学ぶと、ますます好きが募った。京都の製菓専門学校に通う時、学校の先生からサントアンを勧められ、お店を訪ねた。「いい接客されてるし、綺麗なぁって。ここで働いてみたいなぁって」心が動き、専門学校卒業後、サントアンに就職。それからずっと一筋。
独立の夢を持つ人も多い世界。杉山さんは「そうはならなかったですね。なんか居心地がよかった」辞めたいと思う事もあった。支えになったのは会長の存在。そして創業当初からのチーフ、松田さんと重ねた時間が大きい。本店勤務だった松田さんが2年程、当時杉山さんが働かれていた支店勤務になった事がある。「ちょっと怖い存在やったんで最初嫌やなって思ったんですけど、細かいところまで色々教えてもらった。2年の間はずっと一緒に働いて」職場の事で悩み辞めたいと話した時も「やめんでいいやん。続けたらいいやん」と言って、松田さんは話を聞いてくれた。ケーキのことを教えてくれるだけでなく、声をかけ、目をかけ、共に過ごしてくれた。
会長も暖かい。専門学校の寮で会長から採用連絡の電話を取った時、採用の報告だけでなく、好きなことや趣味を尋ねてくれ、人となりを知ろうとしてくれた。堅苦しいことなく、楽に話せた感覚が今も残っている。
他にも「近くまで来たし、心配やから来たわぁ」と業者さんが不意に訪ねてきてくれたり、別のお店で働くスタッフが気にかけて電話をかけてきてくれたり。杉山さんの中に様々な関わり方で支えてくれた存在が浮かぶ。たくさんの人に気にかけてもらってきた。その実、杉山さんは優しさを向けてもらったことをきちんと覚えている人だ。だから自分の足跡を語る時間の多くは、共に景色を見た人たちについて語る時間となった。
松田さんが定年退職し、今では厨房一のベテラン。今度は自分が支え教える立場に。「年が上やからって偉そうにはしたくない。同等で話して、相手がどんな人間か見つけられたらなって。ただ、僕はずっと優しいままというか注意とかできなくて、もう少し言ってあげた方がその子のためにはいいんかなぁとか…」迷いながら。
後輩に伝えていきたい事は「僕はこう、ケーキは綺麗にしてほしい。雑になりがちなんですけど、綺麗にっていうのは伝えたいかなって」そう言葉にした後「僕もまだまだやと思うんで」と続く。他のスタッフの仕事が綺麗だったら、追いつかないとと刺激を受け、杉山さん自身も学びながら。
これからのサントアンや厨房の景色がどうなったらいいと思う?という問いへのこたえは「僕はずっとここにいるんで。他のお店を見てまわってきた子は、こうした方がいいとかあるのかもしれない。そうなんやなっていうのと、僕はこのままで、今あるものでいいかなって。あれがあるとやりやすいって機械とかも増えることで、仕事がやりやすくなったり、形の種類が増えてお客さんが喜んでくれるならよかった。ただ、大切にしたい。大事にしないものが増えるのは気になる」
大事にしないものが増えるのは気になる。大事にするってどういうことだろう。
雑にしないこと。気にかける、手をかけるということ。
ケーキは味が美味しいに加えて、最後の仕上げまで綺麗に。
一緒に働いている人と時間を重ね、相手の人となりに触れたい。
杉山さんが話してくれたことの中に、ケーキを、一緒に働く人を、「大事にする」ことが自然と宿っているのがわかる。
インタビュー中、杉山さんは27年前に受けたサントアンの面接の日にちをはっきりと口にした。「11月3日。確か祝日の日に」
小学校でケーキを作った時の「すごい好き」という感覚と先生の勧めという偶然から歩みを重ね、会長や松田さんと出会い、今の場所に立つ始まりの日。それから多くの人と出会い、共に働いてきた。杉山さんのお話から触れる誰の気配も、優しい。
「俺できひんな、みんなすごいなぁっていうのは常で。色んなことに挑戦できたらいいんでしょうけど、僕としてはひとつのことに挑戦したいっていうのもあるし、見極めながら自分なりにやらないと、みんなに迷惑かけたりもあって」話の始まりから終わりまで、一緒に働く人の存在を傍にする、杉山さん。
出会ってきた人たちの存在を抱きながら、今日も厨房に立つ。