サントアンコラム2025.04


 「仕事で使おうとパソコンを買って会社に持って行ったら、当時の上司が『こんなもん使うな!ばかやろう!』って川にぶん投げたんですわ。ははは!」と畑中さん。なんというパワハラ上司…少し気の毒に思った。このエピソードの本質がパワハラ上司ではないと理解するには少し時間が必要だった。


きっかけは美容室

 通っている美容室で1本の花をもらった。空気が澄みわたるような、いつまでもみずみずしく、堂々とした芍薬だった。聞けば、美容室のお客様で、おもしろくてちょっと変わったお花さんが分けてくれたとのこと。「月に一度、開催しているマルシェに出店してくれないかな」と紹介してもらったのがきっかけで、サンマルシェにお花屋さんとして毎月出店してくれるようになった。

マルシェで広がる共感

 マルシェ仲間になって互いの話をするたびに、全く別物のように見えている花とケーキ、多くの共通点があることに気づいた。形のある商品で人の喜びや悲しみに寄り添うこと、商品の質を決めるのはいつも生産の現場だという話を何度しただろうか。

「さきさん、絶対勉強になるから、産地研修に一緒に行きません?」

 畑中さんと仲間のフローリストが主催する産地研修へ、菓子屋の私が参加するのは、はばかられたが、その言葉を信じて参加してみることにした。


信頼は泥臭く

 正しくは、お花屋さんではなく生産と小売をつなぐ花問屋の畑中さん。十数年以上、各地の花の生産地に足しげく通い、時には泊まり込みで数ヶ月無償で働き、現場を見て肌に感じながら花々を仕入れてきた。

 生産者さんと畑中さんが圃場でわずかに交わした言葉のやりとりは、泥臭く築いてきた信頼の厚さを物語っていた。


一流に集まる一流

 生産農家を巡って集めた花を講師陣のレッスンを受けながら、大きな装飾を全員で作り上げる一連の産地研修。

 まずは生産農家を訪ねて花を見ながら話を聞くことから始まる。栽培方法や品種の話など話題は尽きることがない。質問をする人もされる人も全員が真剣そのもの。良いものを作ろうと互いの知識と経験とプライドを余さずやり取りするのを間近に見せてもらった。どの生産者さんも誇らしげで、言葉のはしばしに自信が溢れている。

大切な1日を満たす

 「みんなが結婚式に欠かせないと言ってくれるこの品種を年間通して作っているのは、おそらく私だけ。需要のない季節があるけど、各方面で連携し合っていつでも供給できるように切らさず作っている。大事な日はその日しかない。限られた本数から作る花束よりも、たくさんの中から良いものだけを選び取って作る花束の方が美しく、その日にふさわしい」

 誰かの大切な1日の美しさのために、年中花作りを追求するだなんて。誇り高い生産現場に触れて胸と目が熱くなりながら、あの堂々とした芍薬を思い出していた。こうして作られているから、あの時、私は美しいと感じることができた。

 自分を振り返った時、お菓子もそう大きく違わないと気づかせてもらえた。それぞれが良いものを作りたいと願うことは、どの業界でも変わらない。そんな熱い人同士が出会って、いいものが生まれると実感した。

 お客様の手に渡るまで、たくさんの人間の手や思いが介在している。それが伝わるような仕事を私もしたい。一度、外に出たことで自分のありたい姿を見つめ直すことができた。

 

 パソコンぶん投げ上司は、現場に向かえ!と全身で表現していた。人の心を揺さぶる美しい花はパソコンでは手に入らない。生々しいリアルから生まれる、真の美しさと価値を伝えようとしていたんだ。