ここ3年の私の静かだけどホットなテーマは、人事考課だ。働く人の能力を引き出したり、活かしたり、適切な配置や処遇を実現するためのものです。
美味しいケーキとお客様には直接関係がないのですが、美味しいケーキを作ったり、お客様に接したりするのが生身の人間であるが故に、切っても切れない相関関係です。
3人でスタートしたサントアンは、働く人が少しずつ増えて創業10年を迎える頃には40人を超える組織になりました。メンバーの適切な処遇を決めるために、職能を評価して等級を決め、その等級に応じて賃金が決まるOJT評価制度(On-The-Job Training、現場で実践的なトレーニングをする人材育成の手法)を20年ほど運用していました。その評価制度の運用を始めたのは、日本の高度経済成長が終わって成熟期に入った(はたまた衰退期とも言われている)、昭和から平成へ移ったと同じくらいの時期で、ちょうど日本の企業がこれまでの終身雇用、年功序列などにみる日本的経営と決別し、欧米に見習って能力評価制度を取り入れ始めた時代でもありました。
サントアンでしばらく運用されたOJT評価制度でしたが、中途採用者への評価不備など様々な課題が浮きあがり、4年前からは年齢に応じて支給される年齢給に変更し、今もその形態を採用し、職能の評価は特に設けていません。転職が当たり前になった現代では、年齢給が裏目と出ることも多いでしょう。自分の能力を磨こうと努力するモチベーションの高い人からすると、年齢と共に給与が上がっていくとなれば、やる気が削がれるかもしれません。
どの制度にも良い面と悪い面があり、いろいろな制度の良いところを組み合わせた、サントアン流の人事考課制度がないものか。働く人の技術や能力と賃金を別軸で捉える新たな制度を、まさに模索している最中なのです。
今でも時々思い出すエピソードがあります。就職が決まった友人が東京から長野まで遊びに来てくれた時、どんな仕事をするのかと尋ねたら、特殊な建築に使用するクレーン車などの建築機械を設計する部署だと言うのです。その工事が終わったら次は使われない、その為だけにあつらえる機械を作ると聞いて、その時しか使わない機械を設計するだなんて、なんでまたそんなニッチな仕事を選んだのか、その話を聞いた22歳の私はその仕事って楽しいの?と素直に感じたまま尋ねました。
彼は続けた。「もう一社の電力会社にしようかすごく迷った。どちらの仕事もあって当たり前のもの、できて当然の事を支える仕事なんだ。人は地味だと言うけれど、なくてはならない仕事に就きたい。そこに価値を感じる」と言ったのです。私はそんな考えの人がこの世の中にいると初めて知ってカルチャーショックを受けました。表舞台にたち、社会を牽引する人だけが価値のある人物像だと信じていた偏狭的で未熟な考えしか持ち合わせていない自分を恥ずかしく思いました。自分の価値を他人の評価に委ねない芯のある強さと、多様な役割の人がいて社会が成り立っているという、当たり前だけど忘れてはならない大切な視点を私に与えてくれたのです。
華やかな表舞台の裏で黙々と掃除をする人、欠員が出ないように健康管理を心がける人、高品質の定番菓子を安定して焼き上げる人。職能や直接的な利益だけで人の価値を判断しようとしたときに、当たり前すぎてきっと真っ先に抜け漏れてしまう人だろう。今日1日をつつがなく終えられるよう、日々の当たり前を支える人ばかりでこの社会が成り立っている。どの人も軽んじない、大切に扱う社会をつくりたい。そんな社会の始まりになれるように、サントアンの人事考課の試行錯誤はまだまだ続きます。