「35年前の今日」1988年1月23日より
文章|塚口 肇(サントアン創業者)
1988年1月23日にお菓子の店サント・アンを開業しました。振り返るとオープンをするまでの10数年の間は、正直のところ深い霧の中に沈んでいたそんな心境にありました。
ふとした出逢いと思いつきで、このお菓子作りの仕事を選択。当時は大学を中退したばかり、将来への活路を見出したい一心で、おぼろげながら何かモノづくりをやりたい、ゆくゆくは開業をしたいという漠然とした想いだけが先行する暗中模索の中に20歳代がありました。幸いにも人生の師に巡り合えたことが、岐路となりその日を迎えることが出来ました。
あらゆる業種や規模の大小を問わず独立開業をしようとする人は、普く可能なかぎり手ぬかりなく、然るべき時に備えるものです。そして資源であるヒト・モノ・カネも万端に準備をします。御多分に洩れず私も、30歳そこそこながら最大限の用意はしたつもりでした。もう引き返すことはできない。崖っぷちに爪先を掛かけ、後は前進あるのみでした。
オープンの前夜は徹夜となりました。師匠である津曲孝さんをはじめ、その友人・従業員さんら、多くの方で狭い厨房は人で溢れました。誰が店主かわからない皆々が店主のような賑わいの中で、我が事のように一心にお菓子作りに関わっていただきました。
やがて白々と暁になる頃、皆で寒中の三輪神社に歩き詣でて無心に手を合わせました。そして初日の開店時間を迎えるのですが、不覚にも私は駐車場の車の中で言い知れぬ不安と緊張に涙していました。妻が呼びに来てくれて「早く店に戻って!お客様が店内に溢れているから」。その日は、驚くような長蛇の列が途絶えることがありませんでした。到底、独りでは成し得ることが出来ない幕開けでした。感謝と感動に心震えた瞬間でした。
オープニングは終わり、お菓子作りを手伝ってくれた方が引き上げていきます。当然ですが、長らくサントアン製造の責任者を務めてくれた松田さんと妻と私の三人が残ったわけです。これからの覚悟を決めた瞬間であり、同時に自分の店である実感が芽生えてきた瞬間でした。