「本質は横顔にうつる“アンカー”をつとめるひと」
萩原 和加奈さん(サントアン経理部)
自分に向けられた質問を聞くあいだ、萩原さんは、「はい」「はい」と、的確に相槌を打つ。その返事の置き方で、今、正しく問いを受け取ってもらっているという安心感が湧く。そして実際に、問いを向けたところからまっすぐに返答がくる。
記事にするようなこと自分には「何にもないですよ」と、萩原さんは言う。問われるところを正確に聞き、正確に返す、というのも本人にとってはきっと“当たり前”。でも、大きな素養だと思う。早合点があったり、思い込みで聞き違えたり、聞かれたことより話したいことが前に出たり。会話はなまもので、水のように形を変えやすい。けれど、萩原さんは終始、まっすぐこたえをくれた。
萩原和加奈さんは、サントアンの経理と労務を担っている。入社してから「長男が小学1年生の頃やったんで、7年が過ぎてます」。ママ友から声をかけられ、初めは製造補助の面接を受けた。それが、簿記の資格を持ち、出産前、8年ほど税理士事務所に勤めた経歴から、経理ではどうですか、となった。ちょうど前任者が辞め、経理専任者が不在。「すごいタイミング。自分からしたらそれしかやってこなかったことを、もう一回できるのはありがたいんかなぁとすごい思います」。
やりたいことは特になく、やりたくないことをしない、という消極的な選択をしてきた。萩原さんは、大学進学から就職までをそんな風に話す。初めての就職は不動産業。お客さんを車に乗せて案内する仕事が苦手だった。「一回社用車を溝にはめたんですよ。これは向いてないって」。どうしようかなと思った時、親から簿記を勧められた。「うちの親はずっと自営業だったんですよ」。実家は祖父の代から、ガソリンスタンドとコンビニの走りのような雑貨店。「親が簿記を持って経理ができていたんで」。勧めを受けて夜間学校に通い、簿記の資格を取った。その後、税理士事務所に転職。所長は穏やかで、殆ど身内経営の小さく優良な事務所だった。
顧問先にはいろんな人がいた。「人によって、紙袋にぐじゅぐじゅの領収書ぼーんと入ってる。それを広げて月ごとに分けて日付ごとに伸ばして入れていくとか」。そんな作業も嫌ではなかった。「これ映画の半券やん、みたいな絶対これ経費じゃないっていうのも入れてあったり」。医療費の中に入れられたチョコラBBのレシート、「これは…と言うと口内炎治すんでって言われて。そう言われたら、はいって言うしかない。でも一応聞かなあかん、確認しなきゃあかんっていうのがあって」。お金の使い方、管理の仕方で人が見えてくる。その、人を見る眼差しが、萩原さんは根本的に温かい。
思いがけず経理として勤めることになったサントアンのことも「ここっていろんな人がいて、若い人から自分の親くらいまで世代が幅広い中にいて、すごい楽しいなって思って」、と話す。ほとんどのスタッフが製造、販売とお店に立つ中、萩原さんは事務所勤務。それでも、スタッフ全員の労務を担い、事務所を訪ねてきたスタッフと会話したり、小口の精算に対応したりと、働いているみんなの顔は見える。
また、先代の頃から今まで、事務所では社長と一緒。経営の決断場面に立ち会ったり、普段の顔もずっと見てきた。「いろんな人見て、自分も見習わなって思うこともありますし、決断して切り替えてってパワフルなところを見て、そんなに落ち込んで考えなくても、ああやって、もうええやって開き直ったらいいんやみたいに、ただ普通にパソコン見て仕事してるだけじゃなくて、すごいな、こんな出会いがあるのかって。個々のパワーを、ちょっともらって帰ってきてるんだろうなって思います」。
社長が交代する時期に重なって勤務してきたことも、「大事な時、見られてよかったなって思います」と話す。変化の流れを“大事”と見てくれている。ただ数字を追うだけじゃない。萩原さんの在り方が支えてくれている範囲はきっと、業務を越えて大きい。
インタビュー中、萩原さんは自分の仕事について必要以上に多弁にならなかった。経理や労務というプライベートを扱う仕事柄、萩原さんの誠実さがそこに表れていると思った。そんな中唯一、萩原さんがぐっと身を乗り出すように話した瞬間があった。
それは、萩原さんのことを「アンカー役」と伝えてくれた社長に言葉を返す時。社長とスタッフが大事な相談を交わす事務所内で、黙々と自分の仕事をする。そんな場面も多い萩原さん。社長は、萩原さんがいることでエゴに流されずスタッフと話せる、と言った。萩原さんの目があることで、サントアンにとっていいか悪いかというところに立って話ができる。萩原さんは自分にとって錨のよう。アンカー役だと。
「でも逆に返すと、紗希さん(社長)って本当にサントアンのことばっかり考えてるんやなぁって。本当にそれをみんなに言いたい」。
言いたい、そう言葉が強くなる時は他者のことで。人を見て、人のために動ける。萩原さんはきっと、自身のこの動きに、気づいていない。でもきっと、だからこそ純度が高い、萩原さんの本質。
自分のことは、ガッツがなく、楽な方に流れて来ただけ、と話す。今の趣味は、一昨年から飼い始めた猫の“もめんちゃん”。自身の特質が、自分には見えない。周りには見える。こんな光り方があるんだなぁと思う。サントアンの経理を務めるのは、数字の中にも、人を、心を、見てとれる人。
取材・文章 西 尚美
インタビュー日/2024.04.15