ほんまもんの卵(カンナンファーム創業者 河南 一夫さん)


「安心して食べてください。絶対大丈夫です」。インタビューの中で聞いたこの言葉。シンプルだけど私の中でどんどんと重みを増していくような気がします。迷うことなくそう言い切ることのできる背景には、これまでどれだけの試行錯誤があったのだろう。
今回のインタビューは兵庫県丹波市春日町にある養鶏場、有限会社カンナンファームの会長、河南一夫さん。隣の鶏舎で鶏の元気な声がよく聞こえる中、お話を聞かせて頂きました。

―会長が養鶏場を始められた頃のお話を聞かせてください。

 もともと私は農協におりまして、その頃食べものの値段が非常に高かったんですよね。卵の値段も。だから鶏もね、飼えば飼うほど儲かった。自分で鶏飼うたら、こりゃこっちの方が分がええなということで、大胆にも農協を辞めちゃったんですね。それでこの道に進んだんです。なんで養鶏かというと、戦前、私が幼いとき、父親が卵屋さんをやってましてね。鶏を100羽ほど飼ってたんですよ。丹波市の養鶏所に自転車で卵を集めに私もよく連れて行ってもらいました。養鶏所の中に、餌箱があるんですよね。そのにおいを嗅いだらもう、何とも言えん、おいしそうな新鮮な魚のにおいがして。とうもろこしも、今ほど細こうは割ってなかったですよ。それが餌箱の中にあって、バケツですくって鶏にバーッてやるんですよ。

―いいにおいなんだ。

 そう。あれがほんまの鶏の餌やと思う。そういう素朴な餌で、なんとか昔の卵を再現したい。そういう思いで今まで餌にこだわってきました。

―餌のこだわりというのは?

 鶏の餌は70%がとうもろこしです。だからとても大事。前は餌屋さんからとうもろこしの挽き割ったのを仕入れてたんですけど、そこには必ず他の物が混ざっとるんです。養鶏場が餌として仕入れたとうもろこしを食品用として転売できないように、法律で決まっとるんですよ。とうもろこしを輸入するときに食品用の方が高い関税がかかるので。でも、人の食品にできないようなものを餌にしてできた卵、それじゃほんまもんの卵はできない。そう思って自分たちで配合できるように挽き割り機を購入しました。今は粒のままのとうもろこしを独自で輸入して、自家で挽き割って配合しています。食品用と全く同じもので、非遺伝子組み換えのものです。

―人間と同じものを鶏たちも食べているんですね。

 そうです。あと、これ食べて比べてみてください。(他のブランド卵と食べ比べをさせて頂きました。)

―カンナンさんの方が味が濃い。

 そうなんです。のどごしも良いでしょう。あとは卵の殻の皮、卵殻膜っていうんですけどね。これが非常に強い。いいタンパク質を与えると膜が強くなるんです。引っ張っても中々切れません。

―ほんと、全然切れない!

 私のところがタンパク質として与えているのは、魚なんです。捕れたての主にサンマやイワシを粉末にしたもので、北海道産にこだわっています。あの辺の海で育った魚は脂がよくのってる。それもメーカー等を通じずに水産加工所から直接仕入れています。だからとても新鮮で生臭くない。香りをかいでみてください。

―いいお出汁のにおい。

 昔は卵アレルギーなんか聞いたことなかったですからね。お客さんから、アレルギーの子どもが卵を食べられなかったけど、カンナンさんの卵は喜んで食べてくれて涙が出るほど嬉しいってお電話を頂いたりもするんですよ。そんな風に安全でおいしい卵をつくっています。
 戦前の物資が豊かだった時代、魚粉やとうもろこしもなんぼでも手に入りました。でも今は原料が高騰してきています。特に魚粉はこの20年で3倍くらいになっていますね。

―物が多い今の時代に、逆にこういうものはどんどん手に入りにくくなっているんですね。

 そうなんです。そんな中でつくり続けないといけないので大変です。でもこの魚粉でないと、今のうちの濃い味は絶対にでません。食べ物は、やっぱり素材を大事にせんことにはいいものはつくれない。卵にとっての素材は鶏の餌ですんで、それをいいものを使わないと、結果的にはお客様から横を向かれてしまうと思うんです。

―なるほど。以前は平飼いもされていたんですよね?

 はい。本当は外で放し飼いができたら一番いいんですけどね。ものすごく広い場所に少ししか飼えないので1個当たりの卵の値段が高くなりすぎる。屋内で行う平飼いにおいても、鶏糞が床にボトボトになる上を鶏が歩くんですよ。そうすると水平感染の恐れがある。だから今はうちはゲージ飼いですが、鶏糞をためないように1日に2回鶏糞を回収します。なのでにおいもしない。できるだけたくさんの人に安心して食べてもらえる方法でつくっておるんです。

―たしかに今までのお話を伺うと、安心して食べられるなって思います。

 安心して食べてください。絶対大丈夫です。人を裏切らないように真面目にやらないかんって思ってずっとやってます。

―後任の山口社長、どんな思いで今引き継がれているんですか。

(山口社長 )やっぱりいろんな人にもっと食べて頂きたいです。今まで少し供給の面で不安定なところもあったので、鶏舎も新しくつくったりして徐々に数も増やしています。鶏にとって環境の良いところで良い餌を与えて育てたいですね。
 他の養鶏場の方とも意見交換しながら勉強しているんですけど、この前試しに餌に酒粕を入れてみたんですよ。そしたら味と張りが全然違って。これは面白いなぁって思ったんです。そんな風にいいものがあれば取り入れていきたいって僕は思っています。今、若い人で養鶏場をやりたいっていう人ってほとんどいないと思うんです。だからいずれ自分が60代や70代になったときに、後の人が「やりたい!」って面白さを感じてもらいながらバトンタッチできるような、そういう会社にしていきたいですね。

―とても楽しみですね。ありがとうございました。



(プロフィール)
河南 一夫
昭和32年に兵庫県丹波市春日町に養鶏場を創業。昭和46年より自家配合飼料を作りに取り組み、日本のみならず海外からも安全かつ適正な価格の飼料を集め、試行錯誤を重ね今日に至る。取り組みはじめた当初は「所詮、卵は卵よ。どのような餌を与えても変わりがない。」と同業者からも冷ややかに見られるなか「いつかきっと皆様に満足して頂ける、素晴らしい卵を作ってみせる。」と取り組み30年。試行錯誤の上現在に至る。